凌雲寺

凌雲寺は凌雲山の中に建つ有名な古跡の一つです、宋代では一時的に報恩寺と呼ばれていました。寺院の前に楽山大仏があることから、民間では“大仏寺”とも呼ばれております。
   凌雲寺は唐代に建立されました。歴史資料の記載によると、大仏がつくられるよりも前の、今より1200年前にはすでに存在していました。唐开元元年(713年)大仏が建造された時に、寺院も拡張されました。但し、私達が今見ている寺院はもう唐代そのままの様子ではありません。唐代の凌雲寺は宋末元初期の頃、戦乱の中で壊されてしまいました。明代の洪武、成化年間、二回再建され、拡張されました。明末にまた戦渦に遭い、大部分が壊されました。現存している凌雲寺は清代康熙六年(1667年)に再建された寺院です。その後、何度も修復されています。特に中華人民共和国が成立してから、絶えず補修に力を入れたので、今もすばらしい状態で存在しております。
   凌雲寺は天王殿、大雄殿、蔵経楼から成り立つ三重四合院(旧式の家)建築で、四週は朱色の壁と琉璃瓦で、緑の樹が寺院を引き立たせています。两側は明清二代で再建された寺院の碑記を4基排列しています。
   “凌雲寺” 横額の文字は行楷書で、重厚できちんと整っています。ただし、この文字の偏旁はなぜ「さんずい」になっているのでしょうか?この“間違い”文字について、面白い話があります。この横額は清末の蜀の有名な書家赵熙さんが書いたものです。当年、赵熙が嘉州凌雲寺を遊覧する時、寺院の住持は文房四宝を持って来て、赵熙先生に横額の字を書いて頂きました。赵熙は興味満々で、書きましたが、“凌”という文字を「さんずい」で書いてしまいました。寺院の僧は互いに顔を見合わせて、いったいどうしたことだろう?と思いました。
   を象徴していると巧みに釈明したと伝えられます。実は“凌”という文字の古体は“凌”となっています。

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